【胃がん検診】バリウム検査は終わりを迎える

私たちが胃がん検診を受ける理由は、ただ一つ。
「胃がんで死にたくない」
しかし、検診学者たちは口を揃えて、このセリフを言う。
「国として死亡率を減らすことが重要」

日本では、前時代的なバリウム検査が今も主流で、助かる命が見殺しにされてきた。
バリウム検査より、内視鏡検査の方が胃がん発見率が3倍高い。さらにバリウム検査は「見逃し」も多く、バリウム製剤が大腸で固まって孔を開ける重篤な事故も頻発している。
バリウム検査が続いてきた表向きの理由は、「死亡率減少効果が証明されている」という検診学者の主張だ。

しかし、実際は年間600億円にも上る検診利権が関係していることを、私は取材で突き止めた。 そしてようやく、利権に守られてきたバリウム検査体制が変わろうとしている。

5日、厚労省がん検診あり方検討会に、二人の医師が参考人として出席した。
上村直実医師(国立国際医療センター国府台病院・院長)と、浅香正博医師(北海道国際医療大学・学長)は、共に臨床医として胃がんの治療に長年携わり、胃がんとピロリ菌の研究で世界的に名を知られる。

胃がん患者の99%が、ピロリ菌感染者であるのはご存知だろうか?
胃がんから命を守るためには、漫然とバリウム検査を続けるのではなく、内視鏡検査とピロリ菌対策が重要なのだ。
上村医師は、これを実証したデータを検討会に提示した。

「ピロリ除菌治療の保険適用と胃がん死亡者数」のグラフ(画像1)をご覧いただきたい。

「ピロリ除菌治療の保険適用と胃がん死亡者数」のグラフ
「ピロリ除菌治療の保険適用と胃がん死亡者数」のグラフ(画像1)(C)M.IWASAWA

日本の胃がん死亡者数は、30年間ほど毎年5万人あまりで推移してきたが、2000年にピロリ菌の除菌治療が「胃潰瘍」の患者に限定して保険適用になって大きく減少傾向に転じた。
2013年、ピロリ菌感染者はすべて保険で除菌治療が可能になった。
2015年の胃がん死亡者数は、46659人。そして2016年は、45509人。とさらに約1千人減っている。
これは、がん検診を牛耳っている国立がん研究センターの予測値よりも、3000人も低い。

上村医師の研究を評価する立場で出席した浅香医師からは、意外な言葉が飛び出した。
「胃がんの死亡者数が大きく減少したのは、ピロリ除菌治療というより、内視鏡検査との相乗効果だと考えます。除菌治療の保険適用では、内視鏡検査が義務付けされましたので、胃がんが早期発見されるようになった。 これは、2013年から、内視鏡による胃がん検診が、実質的にスタートした結果です」

浅香正博医師は、長年臨床医として胃がん治療に携わってきた。
浅香正博医師(北海道国際医療大学・学長)は、長年臨床医として胃がん治療に携わってきた。(C)M.IWASAWA

実は、ピロリ菌除菌治療の保険適用に内視鏡検査を義務付けたのは、この浅香医師だった。
北大教授だった当時、浅香医師は胃がん検診をバリウム検査から内視鏡検査に切り替えることを提唱したが、「検診ムラ」の強力な抵抗に阻まれた。
そこで浅香医師は、ピロリ菌の除菌治療に内視鏡検査を義務付けるアイデアを考え、政治を動かして実現させたのである。
彼を突き動かしていたのは、胃がんで命を失う患者をなくしたいという医師としての使命感だった。

そして、上村医師もまた、臨床医の矜持にあふれた人だった。
ごく稀に、ピロリ菌に未感染者から、胃がんが発見されるケースがある。
上村医師が院長を務める、国立国際医療センター国府台病院で、ピロリ未感染者の胃に「印環細胞がん」が発見され、5年間経過しても全く進行しなかった。 この「印環細胞がん」が成長すると、極めて予後が厳しい「スキルス胃がん」になると考えられている。
つまり、上村医師は、ピロリ菌対策がスキルス胃がんから命を守ることにつながることを示したのだ。

ピロリ未感染胃に生じた印環細胞がんの経過
ピロリ未感染者の胃にできた「印環細胞がん」(C)M.IWASAWA

実は2年前、私は上村医師に背景事情を一切説明せず、ある人のバリウム検査のレントゲン画像を見てもらった。
すると、上村医師はすぐに、こう指摘した。
「これはスキルスの患者だろう。胃が膨らんでいないし、襞(ひだ)が太い。典型的なスキルスの画像だ」 それは、スキルス胃がん患者・轟哲也さんのものだった。 精密検査になる2年前に撮影された画像である。

上村直実先生/国立国際医療センター国府台病院・院長
上村直実医師(国立国際医療センター国府台病院・院長)は胃がん治療のスペシャリスト(C)M.IWASAWA

一般的な胃がんは、胃壁に隆起したものを拾い上げるので、凹凸が出ないスキルスの早期発見は極めて難しい。 内視鏡検査で、色の変化などから判別できるのは、上村医師のような高い診断力を持った医師だけだ。 だから、胃がん検診の議論で、スキルスは対象外にされてきたのだろう。
胃がん全体のうち1割程度のスキルスは、希少がんに位置付けられ、検診学者は全く無関心だった。 しかし、患者の命と向き合ってきた上村医師の心には、轟哲也さんの存在があり、検診の検討会で、あえてスキルスのことを取り上げたのだろう。

厚労省がん検診あり方検討会
厚労省がん検診あり方検討会(C)M.IWASAWA

対照的だったのは、検討会のメンバーの二人の検診学者。
大阪大学の祖父江教授は、上村医師の報告の間、ずっと頬杖をついて侮蔑した視線を投げかけていた。

国立がん研究センター・検診研究部・齋藤部長は「胃がんの死亡者数の減少と除菌治療の影響だとは言い切れない」と反論した。
ちなみに、齋藤部長は、バリウム検査の牙城とも言うべき国内最大の検診グループ・日本対がん協会の評議員を努めている。

「上村医師と浅香医師が検討会に参加したのは、厚労省として胃がん検診にピロリ菌を組み入れる方針を決めた、という意思表示か」
検討会の終了後、私が投げかけた質問に対して、厚労省の担当官はこう答えた。
「そのようにご理解いただいてよろしいです」

厚労省では、臨床経験を積んだ医師が政策立案に関わるようになり、雰囲気が大きく変化してきた。
利権に守られてきた胃がん検診が、今変わろうとしているのも、その効果の一つだろう。
そして、検診学者は救えた命を見捨てた責任をとるべきだ。