日本の中高年世代にとって、バリウム検査は毎年恒例の行事として馴染み深い存在だろう。
不味い液体を我慢して飲み、炭酸ガスで胃が膨れてもゲップを禁じられ、“逆さはりつけ”姿勢の恐怖に耐える。
こうした苦行にも似たバリウム検査を受診するのは、胃がんを早期発見できると信じているからだ。

しかし、バリウム検査については、胃がん診療を専門とする医師から長年にわたって疑義が呈されてきた。
「見落し、見逃しの多発」、「X線画像の精度的な限界」「放射線被曝」等に加えて、「バリウム検査より内視鏡検査のほうが、3倍も胃がん発見率が高い」という事実も明らかになっている。

また、バリウムが腸内に溜まって固着して腸壁を突き破るという、死亡リスクが高い重大な事故が多発しているのだ。
さらに胃がんの99%は、ピロリ菌感染者であることが医学的知見として確立されている。
裏を返すと、ピロリ菌未感染者にとっては、バリウム検査を毎年受診するのは無駄な行為なのだ。

そしてバリウム検査では、医師の立ち会いが法令で定められているにも関わらず、放射線技師の団体が行ったアンケートによると、209の検診団体のうち120が医師立ち会いせずと回答している。

自治体のバリウム検査で、コンプライアンス違反が常態化しているのは、異常としか言いようがない。

こうした状況にありながら、バリウム検査が続けられている理由とは何か?

それは、胃がん検診が巨額の利権となっているからだ。
バリウム検査に毎年投入される税金は、600億円。
これを取りまく、医学者、検診組織、役人、そして新聞社も含めた巨大な“検診ムラ”ともいうべき利権構造が長年にわたって構築されてきた。

厚労省は、2016年度から胃がん検診に内視鏡検査を導入する方針を決定したが、
現時点では対応できる医療機関や内視鏡医が足りない為、現実的ではないと現場から早くも混乱を危惧する声が上がっている。
受診者をピロリ菌感染者に絞り込む等の解決策があるが、バリウム検査の延命をはかる検診ムラの抵抗によって実現していない。
一方で、年間5万人が胃がんで命を落とす現状を変えようと、“検診ムラ”を相手に行動する医師も現れている。

本書は、新聞やテレビが報じてこなかったバリウム検査の危険性と、利権にまみれた“検診ムラ”の実態、
そして胃がんから命を守るために必要な対策とは何か、これらを調査報道によって描いたノンフィクションである。

1000万人のリスクと600億円利権のカラクリ

バリウム検査は危ない

1000万人のリスクと600億円利権のカラクリ

<第1章 知られざる大腸穿孔と放射線被曝>
バリウムで大腸に孔が開いた女性/心肺停止からの生還ドキュメント/原発業員の労災認定を超える放射線被曝

<第2章 隠された死>
バリウム検査での死亡をめぐる疑惑/受診者の自己責任にすり替えた検診団体/検診台に挟まれて命を奪われた女性

<第3章 検診ガイドラインの迷走>
国立がん研究センターが支配する多額の研究費/バリウム検査に真の科学的根拠はあるか/中立公平性なきガイドライン

<第4章 検診ムラ>
600億円利権に群がる組織と人/全国天下りリスト/国内最大の検診組織の実像/バリウム検査廃止に動いた医師の理念

<第5章 胃がん見逃しに5つの理由>
妻が語る若きサラリーマンの死/見逃し率45%の報告/バリウム検査5つの問題点

<第6章 内視鏡検査の現場から>
名外科医がメスを置いた理由/最新の内視鏡検査とは/スキルスはバリウムのほうが見つかるという嘘/ある患者からの提言

<第7章 胃がんリスク検診をめぐる攻防>
早期発見された女性の体験談/住民の命を守るための決断/胃がんリスク検診によって検診対象者は絞り込める