この世界は、金が絡むと話が複雑になる。
本音と建前が交錯するからだろう。いわゆる大人の事情。
講演や原稿執筆、コンサルティングなどの対価として、報酬が出るのは社会的に常識の範囲である。だが、製薬会社から医師に渡る金には、報酬名目以外に別の思惑が込められている場合があるから、情報公開のルールがある。
製薬会社は、無駄に情報公開の手続きを煩雑・複雑化させているし、入手した情報の二次使用に制限をかけ、法的措置を匂わせた。知られたくない理由があるのだろう。
「マネーデータベース」は、こうした姑息な抵抗を一蹴した。誰でも簡単に、製薬会社から医師への報酬を検索可能にしたのだ。訴訟リスクも覚悟の上で、なぜこのような「カネ」にならないことをしたのか。
先日、ワセダクロニクル編集長の渡辺周氏は、前職の朝日新聞にも「マネーデータベース」と同様の検索システムが存在していることを明かした。
朝日新聞は記者に対して、その事実を外部に明かさないことを課したという。製薬会社は、新聞広告の大事なクライアントなのだ。
もう一つ、渡辺氏は、こんな話を披露してくれた。
「新聞社主催の講演会で、登壇した医師の謝礼を払うのは製薬会社でした」
こうすることで、関係者はウインウインとなる。
渡辺氏はこうした実態を看過できず、朝日新聞を離れて、ワセダクロニクルを立ち上げた。
ただし、患者にとっては、「マネーデータベース」で事実を知ることが、余計に悩みが増える結果となる場合もある。
前回の投稿で、個性的な緩和ケアを実践している・萬田緑平医師のケースを紹介した。彼は若い頃から現在に至るまでに、製薬会社と距離を置いている。「マネーデータベース」で検索しても、「該当なし」。本当に1円も製薬会社から受け取っていないのだ。
こういう医師は、シンプルで分かりやすい。
例えば、進行がんの痛みが強くなった際、萬田医師から特定の薬を勧められたり、量を増やしたほうがいいと言われたとする。その時、患者や家族は、萬田医師とその製薬会社との繋がりを疑ったりせず、素直に信じることができるだろう。
一方で、これは在宅中心の緩和ケア医だからこそ可能ではないか、という指摘も受けた。
抗がん剤や免疫チェックポイント阻害剤を使う化学療法では、新薬の開発競争が起きている。その最新情報を、いち早く治療の現場に反映することで、厳しい局面にある患者を救える可能性も出てきた。
だから、診療科によっては、製薬会社とパートナーの関係性にある、という医師もいる。
悩ましいのは、「報酬の妥当なライン」が、一般には判断がつかないことだろう。
ワセダクロニクルの調査によると、全国で約30万人の医師のうち、製薬会社からの報酬を受け取っているのは約10万人で、平均受領額は「約26万5千円」。
注目すべきは、大学教授などの一部医師に、高額な報酬が集中していることだ。
「2000万円以上:6人」、「1000万円以上:96人」、「500万円以上1000万円未満:約400人」、「100万円以上500万円未満:約4200人」。
これらは、研究費ではなくて、あくまで講演や原稿執筆などの謝礼。ディオパン事件などを考えると、診断の目が曇っても不思議ではない。
「マネーデータベース」の調査を担った、医療ガバナンス研究所は、東京都に登録しているNPO法人。組織の原点は、東京大学医科学研究所に調剤薬局を全国規模で運営するアインファーマシーズが設置した寄附講座だ。同社とは現在も経済的な繋がりがある。
むろん、調剤薬局と各製薬会社は関係性が深い。「マネーデータベース」は、同社の利益に結びつかないどころか、反作用になる可能性の方が高いはずだ。
こうした客観的な事実から「マネーデータベース」は、利益誘導を目的にしたものではない、と私は判断した。
製薬会社からの謝礼を受けている医師は怪しい、と決めつけるのは短絡的だ。関係性を保ちながら、患者に寄り添った診療をしている医師も存在している。
見極めの方法として、まずは報酬を受けた製薬会社に有利な処方をしているか、医師の行動で確認するのが第一だろう。
もちろん、これだけの情報で判断するのは難しいが、世界は元々複雑にできている。
それを無理に単純化すると、「抗がん剤論争」のような不毛の議論になるだろう。
「免疫細胞療法の広告塔になっている、元厚労大臣の坂口力医師をマネーデータベースで検索しても、該当しない」という人がいた。自由診療の免疫細胞療法は、「医薬品」を使った治療ではないから、別のフレームワークなのだ。
また、3億円以上する外科手術ロボット・ダヴインチなど、高額な医療機器が増えているが、その製造販売メーカーから医師へのカネは、まだ情報公開されていない。