歯科治療を報道する理由 :「草の根歯科研究会」の勉強会で伝えたかったこと

日本の歯科業界が隠してきた「タブー」の一つに「学校の歯科検診」がある。
検診で見つかった初期虫歯を見つけると、歯科医は治療勧告書を子供たちに渡す。
これによって「歯を削って銀歯にする」治療が、半ば強制的に行われていた。従わない保護者は、ネグレクト(育児放棄)とみなされてしまう。

しかし、初期虫歯は正しい口腔ケア(歯磨き等)と再石灰化によって、修復されることが分かっていた。
一度、歯を削って銀歯にしてしまうと、再石灰化は期待できない。
歯科医たちに悪意があったとは思いたくないが、科学的な視点を欠いていたことは明らかだ。

東京・杉並区役所の勤務医だった岡田弥生先生は、「歯科検診」が歯の寿命を縮めていると考えて、改革に乗り出した。
これに対して、地元歯科医師会が、激しく反発した。
歯科検診は「患者を集めるシステム=利権」となっていたからだろう。
結局、岡田先生は杉並区役所を早期退職せざるを得なかった。
その後、「草の根歯科研究会」を立ち上げて、母親たちに口腔ケアの指導をする活動などを続けている。

その岡田先生からお声かけいただき、先月の「草の根歯科研究会」で、歯科治療の取材についてお話しをした。
週刊ポストで、歯科治療の記事を書き始めて4年目、驚きと発見の連続だった取材を振り返ってみたい。

草の根歯科勉強会での一コマ
草の根歯科患者塾「やってはいけない歯科治療 セールストークに騙されないために」(C)M.IWASAWA

「ナゾの銀歯」という言葉で、日本の歯科治療を皮肉る歯科医がいた。
虫歯治療の定番ともいえる「銀歯」は、私の口にもいくつか入っている。

「一体、銀歯の何がナゾなのか?」

その歯科医に繰り返し質問したが、決して答えようとしなかった。
その代わり、彼はマイクロスコープで、「銀歯」を大きく拡大した画像を見せてくれた。

約10年前に受けたという銀歯治療。不適合な銀歯の下では二次う蝕が進んでいた。隣の歯も倒れこんできている。(C)MICHIHIKO IWASAWA
約10年前に受けたという銀歯治療。不適合な銀歯の下では二次う蝕が進んでいた。隣の歯も倒れこんできている。(C)M.IWASAWA

ここに掲載しているのは、別の歯科医が撮影した、約10年前に治療された「銀歯」。
天然歯よりも、明らかに小さい。X線画像では完全に「ズレ」ていることが分かる。その幅は約2ミリ。当然、「銀歯」の下で虫歯が再発して、大きくなっていた。
この治療をした歯科医院は、とても評判が良くて、夜遅くまで待合室は混んでいる。
自分が、どのような治療を受けているのか、患者は誰も知らされていないからだろう。

このようなズサンな「銀歯」が、日本中で横行していたのだ。
「日本の診療報酬は、他の先進国の1/3以下。安い治療費で、高望みするほうが間違っている」という言い訳も聞こえる。
だが、不誠実な治療によって、大切な歯を失うのは、患者であることを忘れて欲しくない。
私が「銀歯」の問題点を繰り返し伝えているのは、こうした歯科業界の体質が許せないからだ。

一方、歯を削る量が最小限で済むのが「レジン修復」だが、手抜き治療をすれば、「銀歯」と同様のことが起きる。
「間違った手技のレジン修復をしている歯科医が大半」と、レジン修復のインストラクターは嘆いていた。定められた用法を守らないと、本来の耐久性はないし、虫歯も再発しやすい。
歯周病治療や、インプラントも同じことが言える。

手抜き治療に関する、本格的な実態調査は知る限り存在しないし、これからも不可能だろう。

不適合な銀歯
歯と銀歯の境目から二次う蝕が発生。<新書・やってはいけない歯科治療より引用>(C)M.IWASAWA
コンポジットレジンを重ねていく
防湿を行い、複数回に分けて充填することで、レジン本来の強度が生まれる<新書・やってはいけない歯科治療より引用>(C)M.IWASAWA
レジン充填は天然歯と変わらない仕上がり
天然歯と見分けがつかない仕上がり<新書・やってはいけない歯科治療より引用>(C)M.IWASAWA

歯科医院に通っている参加者が、こんなことを話してくれた。

「自由診療の適当な治療の後始末を、我々保険診療の歯科医がやっている、と主治医に言われました。それで今度、金歯を入れる予定なんですが、どうしようかと迷っています─」

この参加者の記憶が正しいとすれば、歯科医の発言には矛盾を感じる。
一般的には、保険診療よりも、自由診療の方が、時間と手間をかけている歯科医が多いからだ。そうでなければ、患者が高い治療費を払う意味がない。

注意したいのは、自由診療に資格審査がないこと。必ずしも、治療レベルが高いという保証は何もないのだ。
取材した中には、保険の不正請求で資格停止となっている歯科医や、単に利益が大きいという理由で自由診療を選択している輩も存在していた。
それに、保険診療なのに、金歯を入れる、というのも意味が分からない。

ある歯科経営コンサルタントは、「保険診療は生活保護みたいなもの。歯科経営は、自費率を上げることが肝心」と言ってはばからない。
利益を上げることだけが目的なら、それは医療とは別のものだ。

「保険診療は、刑事事件の国選弁護人に似ている」と私は思う。
国選弁護人の費用は、私選弁護人の相場と比べると、半分以下だと言われている。時間をかけて調査をしたり、応援の弁護士を頼んでも、国選弁護人の費用には、ほとんど反映されない。
その為、手抜きをする弁護人もいるが、損得抜きで依頼者を全力で守る弁護人もまた存在する。

保険診療には、使用できる材料などに制約があり、費用も海外と比較すると確かに安い。だから、短時間で多くの患者を診て採算性を上げる歯科医もいる。

だが、地域住民の健康を守りたい、という使命感を抱き、日々の診療に臨んでいる歯科医も少なからず存在しているのだ。
「保険だからダメ、自由診療だから質が高い」、というのは正しくない。
結局は、歯科医の人間性が、治療の質に反映されると思う。

やってはいけない歯科治療が大反響につき重版決定
小学館新書・やってはいけない歯科治療(C)M.IWASAWA

新書を読んだ読者の方々からは、「良い歯科医を紹介してほしい」という要望を受けることが多い。
患者の価値観や経済力などによって、「良い歯科医」は各々違う。だから、私から歯科医をご紹介することはしていない。

確実に言えることは、歯科治療の内容によって専門性が高まっていること。
「すべての分野で最高の治療を提供する」とHPなどで宣伝している歯科医がいるが、私なら行かないだろう。
歯科医の誠実さを見抜くポイントは、連載や拙著などでお伝えしているが、実際はそう簡単なことではない。

例えば、歯を守る最後の砦となる「根管治療」。

それまでは「手探り」に等しかった「根管治療」は、マイクロスコープの登場によって、飛躍的に成功率が上がったとされる。つまり、根管治療の専門家を名乗りながら、マイクロスコープを使用していない歯科医は、明らかに時代遅れだろう。
もちろん、マイクロスコープを使いこなす、高い診断能やスキルがなければ、「猫に小判」「豚に真珠」となる。

また、「根管治療」は、ラバーダムというゴムシートで患部を水分と遮断させるのが鉄則。
でも、ある歯科医のラバーダムを見たら、隙間から唾液が侵入していた。ただ、使えばいい、というものではない。

予約サイトは便利なシステムだが、巧妙な罠が仕掛けられている(C)M.IWASAWA

ネットの予約サイト、無料治療相談サイトにも、巧妙な罠が仕組まれていることが、取材で分かった。
予約サイトの口コミは、運営会社によるヤラセの可能性が疑われるものが多い。
また、ある相談サイトでは、患者の質問に歯科医たちの愚にもつかない回答ばかりが並んでいた。それで調べてみると、「回答するだけでSEO対策になる」サービスが組み込まれていたのである。

(C)M.IWASAWA
感染予防を怠っている歯科クリニックも多い(C)M.IWASAWA

感染予防に対する、歯科業界の意識の低さには驚いた。一般的な医療の常識が、通用しないからだ。
厚労省の調査では、基本的な感染予防を実施しているのは、約5割でしかなかった。
自分の歯を守るためには、こうした現実を患者は知るべきだ。基本的な情報がないと、本当に良い治療とは何かを判断できない。
私自身も、歯科業界の内情を知れば知るほど、疑問は増えていく。
だから、これからも取材を続ける必要があると考えている。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 同じテーマのコラム-300x47.jpg です