売られた喧嘩は必ず買うことにしている。
喧嘩とは、もちろん殴り合いではない。主にネット上で行われている、論理的ではない批判、誹謗中傷、言いがかりの類を指す。
私の報道は、既存の医療制度や利権などについて、問題提起するテーマが多い。だから、様々な反発が起きるのは必然であり、批判や議論が交わされるのは健全なことだと考えている。
特に、この数年取り組んでいる歯科治療の分野は、完全な正解がなく、患者ごとに最適な治療は異なる。同じ症例でも歯科医によって意見が違うことは珍しくない。
だが、悪意に満ちた情報が飛び交うのが、ネット社会の特徴でもある。私の報道を単に貶める目的で批判したり、内容を意図的に曲解して引用する者もいる。さらには、利害関係者が思惑を隠して、自身の事業に誘導するケースさえある。
このような「偽情報」や「読者を欺く行為」であっても、まるで事実であるかのようにネット上で拡散されて、勝手に一人歩きしてしまう。
したがって面倒ではあるが、このような「喧嘩」には反論することにしている。
認知症専門医・長谷川嘉哉氏に対する疑問符
「週刊誌の見出しに惑わされてはいけない!…歯科受診の重要性を専門医が解説」と題した、認知症専門医・長谷川嘉哉氏のブログが、4月8日付でネットにアップされた。
長谷川氏のことは知らなかったが、ある歯科医が「妥当なことを言っている」とコメントを添えて同ブログをFacebookでシェアしていたのが目に留まった。
そこでブログに目を通してみると、事実誤認や報道内容の曲解、患者をミスリードする記述が随所に見つかった。しかも、同ブログは、この医師が展開しているビジネスのステマ(※)というべき代物だったのである。
そこで、具体的な問題点を指摘する。
※「ステマ」=ステルスマーケティングの略称。主に中立的な立場を装った、広告・宣伝を行うことを指す。
『最近週刊誌では、「歯医者のウラ側 徹底解明! 」、「やってはいけない歯科治療」などの特集が組まれています。内容を読めば、それなりに歯科医の言い分も書かれていて勉強になります。
長谷川嘉哉 氏ブログ「転ばぬ先の杖」4/8付から引用
しかし、多くの方は「見出し」だけをみて、やはり「歯科医は自費診療で儲けているんだ」、「歯医者なんで受診する必要はないんだ」と間違った判断をされてしまう方も いらっしゃいます』
ここに出てくる2つの見出しの記事は、両方とも私が深く関わっている。
前者は経済誌「プレジデント」で、P38からP47の署名記事について、執筆と紙面の監修を担当した。ただし、コラム1、2及び同誌の他の部分については、全くタッチしていない。また、プレジデントは月2回発行で、週刊誌ではない。
後者は4年前から歯科医治療をテーマに連載してきた、週刊ポスト3月25日発売号を指している。
ブログでは、「見出し」だけで「自費診療で儲けている」と、読者が判断するという主張の不自然さだ。いくら想像力が豊かでも、2つのタイトルと「自費診療」を結びつける要素は何も存在しない。「歯医者なんて受診する必要はない」という主張も、同様に強引で唐突すぎる。
むしろ、一般的な人々の読解力を馬鹿にした話ではないだろうか。
読者によって解釈の幅はあるとしても、2つのタイトルから受ける第一印象は「歯医者には、本音と建て前がある」「問題がある歯科医療が存在する」というものだと考えるのが自然だろう。
記事は、適切な治療を受けるために「一部の不適切な治療ケース」を知ってもらう主旨で書いた。また、この数年ブームになっている予防歯科に関しては、医療コンサルタント業者によるビジネスモデルが存在することを指摘している。
また、様々な治療を解説する専門家の半数は、自費診療のみを行う歯科医に協力していただいている。それで自費診療を否定する訳がない。私が指摘しているのは、不適切な自費診療が横行している実態なのだ。
「銀歯は強度が弱くて割れる」という不思議な主張
『「やってはいけない歯科治療」などと聞くと、自費診療は不要と勘違いされる患者さんもいらっしゃいます。しかし、多くの歯科医は、「身内に保険診療はしない」と言い切るのです。自費診療は費用がかかりますが、メリットも多いです』
長谷川嘉哉氏 ブログ「転ばぬ先の杖」4/8付から引用
長谷川氏は、このように述べているが、「やってはいけない歯科治療」というタイトルが、「自費診療は不要」と結びつく理由は、前項と同様に全く不明だ。
さらに謎なのは、『多くの歯科医は身内に保険診療はしない』という主張である。保険診療を行なっている歯科医を前提にしているつもりらしいが、話の設定自体に無理がある。
歯科治療の現場で問題となっているのは、治療内容に対して保険診療の報酬が低すぎる点だ。
歯科医院としては、短時間で多くの患者を治療しなければ利益が上がらない。それによって、保険診療が「薄利多売化」してしまい、手抜きや、雑な治療の原因となってきた。
また、保険診療には治療に使用する材料に細かな指定がある。そのために、保険では許可されていないセラミックなどの素材を用いることを、自費診療とする歯科医もいる。
一方、患者1人にじっくりと時間をかけて、マイクロスコープなどを使用した丁寧な治療をするのが、自費診療だと考える歯科医もいる。
「身内には、他の患者よりも時間をかけ、丁寧な治療を行う」ということは十分にあり得る話だが、それ自体は、保険か自費かという話ではない。
『いわゆる歯の詰めものとしては、保険診療だと銀歯(金銀パラジウム合金)が主体です。しかし、強度があまり強くないため割れる可能性がありますし、何より見た目も良くはありません。つまり、強度・見た目に問題があっても最低限の治療として保険診療で認められているのです』
長谷川嘉哉氏ブログ「転ばぬ先の杖」4/8付から引用
金銀パラジウム合金は堅牢な金属素材であり、「割れた」という話は聞いたことがない。
一部の歯科医は、保険診療で認められているコンポジット・レジン治療(※)について「割れやすい」と述べているので、これと勘違いしたのではないか。
長谷川氏は認知症の「専門医」であり、歯科治療については基本的な知識を持ち合わせていないと推察できる。
また、保険診療の銀歯には、3種類の金属がある。同ブログが取り上げている金銀パラジウム合金は、文字通り「金」を含有しているので、他のニッケルクロム合金や、銀合金の約2倍の価格だ。決して、最低限の治療ではない。
付け加えると、レジン治療も保険診療であり、歯科先進国スウェーデンなどでも虫歯治療の第一選択になっている。耐久性に関しても、銀歯と有意差はない。
別の項で長谷川氏は、自費治療として「金」を取り上げて、「よく伸びて歯に密着し軟らかいので、噛めば噛むほどかみ合わせの歯に合った形になり」と記している。噛むほどに形が変わるなら、装着した歯とも形状が合わなくなるので、不自然な解説だ。
※「コンポジット・レジン治療」は、プラスチック系の白い素材。歯を削る量が最小限で済み、見た目も自然。虫歯の範囲が大きい場合は、適用できないこともある。
ブログの真の目的は、自社コンサルティング事業への誘導
『自費診療には保険診療以上のメリットがあるようです。ならば、費用負担をしてでも自費診療を希望する患者さんはたくさんいるはずです。歯科医の先生方には、自信をもって自費診療を勧めていただきたいものです』
長谷川嘉哉氏ブログ「転ばぬ先の杖」4/8付から引用
この記述から分かるのは、同ブログが意識している対象は、一般の患者ではなく、歯科医であることだ。
実は、長谷川氏は認知症専門医だけでなく、歯科医院を対象にした経営コンサルティング事業を行なう実業家でもある。
前掲の画像は、ブログとは別の「ドクターズ・ブレイン長谷川嘉哉」という、コンサルティング事業の勧誘ページだ。つまり、同ブログは、歯科医師の味方であることを強調して、コンサルティング事業に誘導するのが、真の目的と見るべきだろう。
前述したように、保険の診療報酬が低く設定されているため、コンサルタント業者の多くは、自費診療の割合を増やして利益を上げることを勧めているのだ。
『歯周病についても週刊誌のタイトルでは、「歯周病治療 抜歯ドミノの悲劇」などといった見出しが出ています。そうすると、歯周病では歯科医に罹ってはいけない?という誤解を招くことにもなりかねません。本来、歯周病は治療するものではなく、予防するものです』
長谷川嘉哉氏ブログ「転ばぬ先の杖」4/8付から引用
「抜歯ドミノ」という言葉は、私が独自に提唱しているものだ。これは、不適切な治療や、間違ったセルフケアで、次々と連鎖的に抜歯に至るケースが多いことを表している。
また、歯周病治療は、専門的な知識や経験がある歯科医や歯科衛生士にかかること、何よりも患者自身のセルフケアが必要不可欠であることを、記事本文で伝えている。
したがって長谷川氏による「歯周病では歯科医に罹ってはいけない?という誤解を招くことにもなりかねません」という主張は、記事の内容を不当に曲解したものでしかない。
ここで使用されている「罹る」という漢字は、病む・患うを意味する。医師ならば、誤用するはずがない言葉だ。同ブログは、全体的に医療知識を欠いている記述が目立つので、代筆者がいるのかもしれない。
「チェア数が診療の質と関係する」という根拠なき持論
『歯科診療所を選択する場合、診療チェア数は5台以上のクリニックが安全です。実は歯科クリニックの診療チェア数の平均は3台です。しかし3台ではどうしても治療が中心になってしまい、メンテ ナンスが十分に行えません。
長谷川嘉哉氏ブログ「転ばぬ先の杖」4/8付から引用
こういった話をすると必ず「当院は小規模ですが丁寧な治療をしています」との反論が出ます。しかし 我々には外から診療レべルが分かりません。あくまで確率論から言えば、チェアーが5台以上ある歯科診療所に受診した方が、安全と言えるのです』
診療レベルをチェア数で見定める、という発想自体がナンセンスだ。
これで分かることは、歯科医院の経営方針でしかない。
「チェア5台以上ある歯科診療所が安全」、と長谷川氏は述べているが、これは4台以下で診療している歯科医院は「安全ではない」と決めつけているのに等しい。
歯科診療において「安全」とは、まず感染予防対策のことであり、広義に解釈しても「適切な治療」という意味になるだろう。
言うまでもなく、歯科医が1人なら、平均的な3台のチェア数でも、並行してメンテナンスを行うことは十分に可能だ。実際、このような体制で運用している歯科医院を多数知っている。それにメンテナンス自体は、診療レベルを判断する基準にはならない。
同ブログが「安全」という言葉を「確実」というニュアンスで使用している可能性もあるが、誤解を招く不適切な記述であると指摘しておく。
これまで私は繰り返し報道してきたが、最近の「予防歯科ブーム」に便乗したビジネスモデルが存在する。これは、歯科衛生士のメンテナンス用にチェアを増やして、「予防歯科の自費メンテナンス」で患者を定期的に通院させる手法だ。
しかも、患者に対して、自費のセラミック治療や、高額なセルフケアセットの購入などを勧めることが行われており、中には、歯科衛生士の「自費売り上げ」を競わせている歯科医院もあるくらいだ。
こうした歯科医院が、最優先にしているのは利益であり、患者の健康とは言えないと私は考える。
『メンテナンスを積極的に行うには、それなりの設備・人の雇用が必要になります。そのためには、歯科クリニックの経営的基盤が不可欠です。一般的には、多くの患者さんに支持されて年商が一億円を超えると個人立から医療法人になることが多いようです』(※脱字部分は原文まま)
長谷川嘉哉氏ブログ「転ばぬ先の杖」4/8付から引用
このように長谷川氏は述べて、医療法人の歯科医院を選ぶように勧める。だが、前項で述べたとおり、歯科治療の質は、経営規模やチェア数と全く関係ない。
消費者庁では、広告宣伝において「優良誤認表示」を規制している。
同ブログの前項では「確率論から言えば、チェアが5台以上ある歯科診療所を受診した方が安全」と主張しているが、一体何の「確率論」なのか、その根拠を具体的に示さなければならない。
それができないと、不当表示(景品表示法第7条第2項)とみなされる。
『最近の週刊誌の見出しに惑わされてはいけません』と同ブログはまとめているが、記事を利用して自分の事業を宣伝することは、読者を惑わす行為だろう。