ガーデニングや家庭菜園が楽しい季節になった。そこで、意外に面倒なのが雑草取り。ホームセンターなどで売られている「除草剤」で、手早く処理してしまう人も多い。
だが、その「除草剤」の発がんリスクが、いま世界各地で問題となっていることは、日本ではほとんど知られていない。
土曜日の昼下がり、東京・丸の内に人々の声が響く。
世界的な製薬企業のバイエル社が入っているビルの前で、200人を超す市民が集まって抗議のコールを上げていた。
環境保護団体などがSNSを通じて参加を呼びかけ、中高年世代を中心に、ベビーカーを押す人や子供連れの若い女性たちの姿が混じる。
「ラウンドアップ、日本に要らない!」
「ノー、ノー、モンサント!」
「ラウンドアップ」は、世界中で最も売れていると言われる除草剤。製造販売元の「モンサント社」は、去年バイエル社に買収されて子会社となった。
抗議行動の呼びかけ人の一人、川上資人弁護士がマイクを握って訴える。
「WHOの研究機関が、発がん性があると認めた除草剤が、日本では普通に売られている。フランスでは販売禁止になっているのに、これを日本のメディアは報道しない!」
5月18日は、アメリカ、フランス、ドイツ、スイス、オーストラリアなど、世界約50カ国でも同時にモンサント社に対する大規模な抗議行動が起きていた。
モンサント社は、世界の遺伝子組み換え種子の9割を独占しており、「ラウンドアップ」と組み合わせた、アグリビジネスを展開している。
世界の農業がモンサント社に支配されるのではないかという懸念に加えて、モンサント社が巨大な製薬企業に買収されたことで、食のグローバリズムが一気に加速する可能性も高まっている。
今回の抗議行動には、「除草剤」だけでなく、多国籍企業のグローバリズムに対する反発があったのだ。
2015年、WHOの関連組織・IARC(国際がん研究機関)が、「ラウンドアップ」の主成分である「グリホサート」を、発がん性分類リストの2番目にリスクが高い「2A」(おそらく人に発がん性がある)に分類した。(※注1)
これを受けて、アメリカのがん患者が、モンサント社を相次いで提訴。
訴えたがん患者は、全米で1万人を超す。
悪性リンパ腫の末期がん患者であるドゥエイン・ジョンソンさんは、学校の校庭を管理する仕事をしていた。
カリフォルニア州・サンフランシスコの裁判所は、「ラウンドアップ」および、業務用「レンジャープロ」が、悪性リンパ腫の事実上の原因だったと認定。
「発がんリスクの警告を怠った」として、モンサント(バイエル社)に対して、総額2億9千万ドル(約320億円)の損害賠償金の支払いを命じた。
アメリカの場合、モラルに反した企業活動とみなされると、巨額の懲罰的賠償金が加算される。ちなみに、ジョンソン氏の裁判では、実に2億5千万ドル分が懲罰的賠償金だった。
その後、損害賠償金は7800万ドルに減額されたが、同社は控訴している。
今年3月と5月、カリフォルニア州では、がんと「ラウンドアップ」の因果関係を認める2つの判決が出ているが、モンサント(バイエル社)はいずれも控訴。
現在も同社は、ウェブサイトなどで「グリホサートには40年以上にわたる安全な使用の歴史があります」と主張するなど、一貫して発がんリスクを否定している。
AFP通信によると、農業国でもあるフランスでは、今年1月に「ラウンドアップ」関連商品の販売を禁止した。
除草剤などの農薬による健康被害は、因果関係を立証することが極めて難しい。
当然のことながら、人体を使った臨床試験は不可能だし、被害が判明するのは、農薬に長い期間かけて、暴露した後になることが多いからだ。(場合によっては、数十年におよぶ)
そのため、農薬に関しては、リスクが明らかになった場合、因果関係を立証できない段階でも安全性を最優先して措置をとる、「予防原則」の考え方が先進国で主流になっている。
しかし、日本は「予防原則」とは真逆の政策をとっている。
厚生労働省は、2017年に食品中の残留農薬の基準値を大幅に緩和した。発がんリスクが指摘されている「グリホサート」について、とうもろこし:5倍、小麦:6倍、ソバにいたっては150倍も規制値を上げたのである。
現在、モンサントから「ラウンドアップ」の独占的販売権を得ている日産化学株式会社は、ウェブサイトで次のように説明している。
『ほとんどの雑草を枯らし、しかも人畜毒性が低く土壌・環境中に残らない特長を持ち、世界中で愛用されている除草剤です』
「ラウンドアップ」製品に記載されている安全使用上の注意には、『眼や皮膚に付着しないこと』『河川、養殖池に流入しないように注意』等とある。だが、「発がんリスク」については見当たらない。
さらに注意したいのが、「ラウンドアップ」以外にも「グリホサート」を使用した除草剤は、様々なメーカーから販売されていることだ。
大手ホームセンターの店頭に並ぶ8社の除草剤の大半は「グリホサート」を主成分にしている。
価格も比較的安いし、除草剤としての効果は高いようだ。もちろん、日本国内では合法的な製品だが、健康面への影響が心配される。
海外では、「発がんリスク」が認められている「グリホサート」。
このまま対策を何も取らないと、農水省の「不作為」が問われる日が来るかもしれない。
(※注1)モンサント社は「グリホサート」は発がん物質ではないとして、IARCの「2A」について、以下のようにウェブサイトで主張している。
「このカテゴリーには、理髪師や揚げ物の料理人など一般的な職業や、赤肉、焼いたパン、フライドポテトなども含まれています。このIARCの結論は、米国EPAなどの世界の規制機関や科学機関による結論と矛盾するものです」